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JASPA経済産業省 情報技術利用促進課 課長との座談会

日時:2022年12月14日(水) 10:30~12:00
出席者:
【経済産業省商務情報政策局】
内田 了司様(情報技術利用促進課長)
和泉 憲明様 (情報経済課アーキテクチャ戦略企画室長)
【全国ソフトウェア協同組合連合会】
安延  申(JASPA会長/首都圏ソフトウェア協同組合理事長)
林  知之(JASPA副会長/埼玉ソフトウェア事業協同組合理事長)
太田 貴之(JASPA副会長/電算ソフトウェア協同組合理事長)

リスキリングが一丁目一番地

(安延) DXが喧伝されるなか、Web3.0とかクラウド等のような新技術への対応について、経済産業省はデジタル政策においてどのように取り組んでいかれるのでしょうか。
(内田) 2018年に経済産業省が出した「DXレポート」が「2025年の崖」を指摘したように、わが国は諸外国と比べてデジタル化が大きく遅れてきたのは事実だと思います。それから4年、あちこちでDXという言葉が聞かれるようになり、ベンダー企業やIT企業でなく一般の企業でもDXを進める動きが見られるのは、官民を挙げた運動の成果だと思います。
 DXを進めていく上ではもはやIT企業だけでなく、ユーザー企業自らが人材育成をして社内を変えていかなければならないということは一般化・常識化したと思います。国際競争力の指標も低迷する中で、ようやく国際競争の入り口に立ったといえるのかもしれません。デジタル人材が慢性的に不足しているのは、こうした構造変化に対して実際の人材供給構造が変わっていないことの果でもあると思います。そうであれば、場当たり的ではなく構造的に対処していくことが不可欠になります。
 岸田総理が所信表明演説や国会答弁などで述べられているように、多方面で「リスキリング」という言葉がクローズアップされています。実は昨年度から厚生労働省に3年間で4000億円の人への投資予算が付いていたのですが、今年はこの人への投資支援が5年間で1兆円に拡充されました。デジタル業界だけでなく、カーボンニュートラルのような課題も含めて世の中の構造変化がかなり起きており、これまでの人材のスキルでは対応できないような社会経済の大きな地殻変動にリスキリングを通じて対応していくためのものです。その筆頭がDXであり、政府内でもデジタルのリスキリングをどうするかということが先行して議論されています。
 国の政策としては、「まち・ひと・しごと創生総合戦略」が改訂されて「デジタル田園都市国家構想」に変わり、デジタル推進人材を5年間で230万人育成するという目標を掲げました。これは、社会人として働く全ての人がデジタルリテラシーを身に付けた上で、その中でDXを進める人材はさらにスキルを伸ばしていかなければならないという目標です。  皆さんご案内のとおり、高校で「情報Ⅰ」「情報Ⅱ」が必修となりました。

2025年には大学入学共通テストの科目に「情報Ⅰ」が加わります。「情報Ⅰ」の試作問題を見ると、ITパスポートレベル以上、情報処理技術者試験の基本情報技術者試験相当かそれ以上の内容です。すなわち数年後には、既にITパスポートや基本情報技術者試験に合格しているレベルの新社会人たちが世の中に出てくるわけです。
 そういった人たちは本当の意味でのDX Ready人材として世の中に出てくるので、むしろ社会に今いる我々こそ、その人たちと同等以上のスキルを身に付けないとデジタル社会を支えることはできないことになります。若い人たちがスキルを身に付けて社会に出ていくのは良い改革であり、これは長年の関係者の努力が実を結ぶ時代になるわけです。それを先導するのは皆さんの業界であり、それを支えるのが政府の役目ではないかと思います。

情報科目の意義

(林) 学校の授業に情報科目が入るのは絶対にいいことだと思うのですが、現実の社会でどれぐらいの効果があるのでしょうか。
(内田) リスキリングのための様々な制度的支援を行っています。デジタル人材育成のプラットフォームやポータルサイトを立ち上げたり、実践的な課題解決能力まで踏み込んだプログラムを提供したりしていますが、企業の方々に、どんなスペックの人材が必要なのかと聞くと、意外と多くの企業が、机上の学問ではなく実践力や課題解決力、さらにいえば課題に当たったときに最後までやり抜く胆力が必要だとされています。結局は入社してから教育するのだから、別に教育分野は問わないという企業もあります。
 一方で、幾つかの企業は完全にジョブ型雇用に移行していて、この職種にはこのスペックが必要だということを明確に示した上で社内外から人材を募集しています。そういった企業は、ミッションが明確なのでスペックで人材を求めています。今はその2種類が混在している状況です。

(和泉) 本来、プログラミングなどの情報系の科目はコンピュータサイエンス(計算機科学)の一部なので、サイエンスとしての体系に位置づけられるべきところ、スキルとして教えようとしていませんかね。というのは、プログラミング言語は、いわばランゲージを教わるようなものであり、第二外国語を学ぶようなものと考えられています。しかし、現場では外国語を教えるにもかかわらず「辞書と文法書だけを与えたら明日から外国文学がすらすら書ける」とすませている、という古くからの指摘もあります。リスキリングといいながら、第二外国語を学ぶと何が出来るようになるのか、何を対価として得られるようになるのか、というイメージも具体化されないまま、カリキュラムが組み上げられている可能性があります。(計算理論やモデル理論を学ぶことなくプログラミングだけ学んでエンジニアになるということは、歴史や文化を無視して外国語だけ習得して外交官や通訳になるようなことなのです。)構造的欠陥はそこだと思います。
 わが国の情報教育に関する歴史的な経緯として、コンピュータサイエンスの教育を日本で実施しようとしたときに、理学の一部として実施されず、論理回路や適応フィルタとの親和性で、工学の一部として定着したと聞いています。なので、日本では、計算機科学・情報科学ではなく、情報工学というエンジニアリングの分野としてスタートしたそうです。コンピュータサイエンスの学者の一部では、課題の根っこはそこではないか、と会話されることがあります。
(安延) いつまでも情報やデジタルの時代とは限りませんし、次にまた何かすごい技術革新が起きるのかも知れません。ただ、こうした大きなうねりのような技術革新の際は、現場の大学にまかせていても、古い先生方が議論して決めるわけですから、革新には対応できないように思います。 例えばスタンフォードに行くと、コンピュータサイエンスの立派なビルが建っていて、その主たるスポンサーはマイクロソフトだったりアップルなどです。そしてコンピュータサイエンスの先生をどう選んで、どのように運営するかというのは、これらのスポンサーの意向がちゃんと反映されます。日本の場合は、その学部にいる上の先生方が過去の経験で決めているように思えますが。

(和泉) プログラミング教育や情報教育がどう役に立つのか、という議論が十分ではない中で、リスキリングも含めたライフサイクル全体で人材の入り口と出口を俯瞰し、どういう教育をどこにどう配置すべきかというのを考えたのは人材育成政策としては初めてではないでしょうか。そういう意味では、いい取り組みが立ち上がったと考えていただきたいですし、この取り組みをより良いものにするために、業界側からも「こういう人材が欲しい」「(そういう人材育成のために)こういう教育・カリキュラムを用意してほしい」という議論が寄せられると良いですね。

(太田) 高校教育の中に「情報」が入ったことはすごくいいことだと思っていて、中身を直す必要があればこれから変えていけばいいと思っています。
 商業高校などではだんだんパソコンや情報の教育にシフトしているのですが、高校ではIT業界に就職させたいし、高校生のなりたい職業ランキングの上位にはITエンジニアが入っています。しかし企業側が「高校生は教育が大変で」などと言って採らなかったりするのです。高校はどんどん送り出したいのに、受け入れていない企業があるのを目の当たりにしたときに、このギャップは何だろうと思いました。
 せっかくアイデアを持っていてもルールや法律が足かせとなってできなかったり、これをちょっと外しただけで流れが大きく変わるだろうということがたくさんありそうな感じがしています。例えば高卒の就職に関するレギュレーションもそうでしょうし、いろいろなことがあるのだろうと思います。
(内田) まさにGIGAスクールの実現なども含めて、小学生のときからデジタルツールを使いこなしている子たちがいることに幾つかの企業は既に目を付けていて、別に正社員でなくても、そういう子たちの力を放課後に使うようなことをしているところもあります。それがもう少し進んで高校生、大学生になってくると、大手企業に行っても自分の能力が生かせないからということで、例えば量子コンピューティングを大学院で学んだ学生が副業で量子コンピューティングのスタートアップを友人と一緒に立ち上げたりしています。そういった能力のある若者はすごく増えてきていると体感的に思います。その若者たちの行き先がないというか、本当はあるのに社会の側がそういった能力を活かせていないところがあると思うのです。

デジタル人材の育成体制

(内田) その背景として、先ほど来お話ししているDX待ったなしという機運や人がDXを進めるための人材が足りないという状況があります。政府は旧来、人への投資をあまりしてきませんでした。教育は文部科学省がやっているし、リスキリングは会社がやるものであって、それに税金を投入することは長らくありませんでした。ここ最近、人への投資に対してお金が付いてきたのは大きな変化で、それをもたらしたのはデジタル化を中心と
した社会構造の変化であり、それに対応していくためには人に投資しないと駄目だろうという認識がようやく定着してきて、政府の政策が強化されてきたと思います。
 リスキリングに1兆円支援という状況になりましたが、どのような人材を育成していくかのディテールはまだこれからです。そこはマーケットの声を聞いて設計しながら決まっていくものだと思うので、ぜひ明確に業界でも個社でも示してもらえばと思います。
 デジタル人材について言えば、これまでIT業界にはITスキル標準(ITSS)がありましたが、これはIT時代のスキル標準であり、今はDX推進に必要な人材類型について必要なスキルを定義したDX推進スキル標準というものを議論しています。これはITSSに取って代わるものではなく、ITSSにプラスした新たなスキル標準です。ITSS的なスキルは引き続き企業内のシステムエンジニアとして必要とされると思いますが、それだけではDXは実現できません。そのため、DX推進スキルとして5類型のスキルセットを提示します。
 企業と話をしていても、DX人材が必要といわれていながら企業側もどんなスキルを持った人を採用したらいいか分からなかったり、企業内でリスキリングをしてもどういった人を育てたらいいか分からないという声があり、DXに必要なスキルセットの大枠を国に示してもらえれば、それを中心にして人を育てたいという企業が結構多いのです。デジタルを中心とした人材育成・供給に関してはようやく大きな流れとなり、若年層のスキルの高度化や社会人のリスキリングの議論が盛り上がってきています。そこで、文部科学省と共同でデジタル人材育成推進協議会を立ち上げました。スキルが上がった若年層が大学に行ったとしても情報学部の定員だけが未だに少ない実態があり、社会が求めるだけの人材供給ができていないという問題意識を共有しています。

(安延) 教える人が足りないから、学部の定員が増やせないのですか。
(内田) 基本的に学部学科はスクラップ&ビルドなので、情報学部を作ろうとすると文系のどこかをつぶさなければならないという事情があります。
(安延) ニーズが増えてくると徐々にではあるけれどもちゃんと変わっていくのがこの国のいいところだと思っているのですが、情報の場合は人が足りないと、ずっといわれているのに全然増えないのはなぜだろうと思うのです。
(内田) 大学側も問題意識は持っているものの、なかなか変わらない現状を何とか変えていくための議論をする場がこの会議体です。新分野の教育をできる教員が十分にいないという問題もあります。経済界側も地域レベルでできることはたくさんあって、人材は待っていれば来るわけではなく、地域の教育機関と連携しながら育てていかないと生まれないので、これは地域でも大学でもあらゆるレイヤーで取り組む必要があるでしょう。

政府がとるべきデジタル政策とは

(内田) 政府がやるべきことと民間がやれることの棲み分けを常に意識したいと思います。デジタル人材育成について言えば、民間マーケットでリスキリングなどの人材供給の仕組みが不十分であれば、その仕組みが上手く回るように限定的にお手伝いすることです。実際、人材供給やリスキリングをするマーケットの人たちと話していると、足下の人材不足を受けて小さなパイを食い合っているだけで、市場拡大に向けたビジョンがあまり見えないのです。ですから、リスキリングや人材供給のマーケットがサステナブルになるように、もっとパイを拡大していこうという話をしています。
 その上で、スキルアップした人が正当な対価をもらえるような需給のバランスがマーケットメカニズムによってワークするところまでお手伝いすることが役目だと思っています。そうした視点で取り組んでいるので、個々の人材のスペックがどうとか、こういう経験を積みなさいということに口を出すつもりはなくて、まずは決定的に足りていないボリュームゾーンをかさ上げすることをお手伝いするのが基本的なスタンスです。
 足下では、引き続きものづくり補助金やIT導入補助金等を使ってようやく社内にシステムを導入したような人たちが世の中にはたくさんいるわけです。本当はそうした人たちのマーケットも人材育成のマーケットに取り込んで、60歳になっても新しいスキルにアップデートして働けるようにする状況を作れなければ、日本の産業はものづくりも含めて永続しないでしょう。 
小学生から高齢者まであらゆる社会の各層がDXの支え手・担い手になることはデジタル社会の共通課題だと思っていますし、その中で特に優れた人たちをどう使っていくかというのは皆さんの課題だと思います。

(林) だから、きっかけですよね。変わろうとしている人はたくさんいて、その人たちをいかに1段階上のレイヤーに上げるかでしょう。 (安延) 政府でなければできないことを政府がやることがすごく大事だと思っています。日本の制度が変わるスピードを考えると、例えば、外国人の雇用や生活にまだまだ障害が多いし変化が遅い。
アメリカにしても先端技術を支えているのはアメリカで生まれた人以外の方が多かったりするのであって、日本もその方向に向かわせることは国にしかできないですよね。
(和泉) 社会インフラが刷新されつつある今、産業構造・企業構造がどう変わるのかが問われていると考えています。古い部分はなくなればいい、という意見もあるのだと思いますが、そもそも、変革は誰がリードするのかという議論が重要だと思います。
(安延) ビジネスをやっている以上。われわれはもうけたいし生き残りたいので、最後の結果責任は業界に来る

のは構わないのですが、古い人たち、変わろうとしない人たちの意見ばかり聞いて彼らが有利になるような仕組みを作る、あるいは仕組みを変えようとしないのはやめてほしいのです。
(和泉) 私個人は、古い人たち、変わろうとしない人たちを有利にする仕組みには興味がありません(し、検討するつもりもありません)。ただし、ブロックチェーンありき、Web3.0ありきという新技術ありきの議論は、政府のインテリジェンスとしては恥ずかしいと考えています。なので、社会システムがデジタル変革でどう変わっていくのかという全体像を可視化した制度設計がとても重要です。
(内田) デジタル庁ができるまでは、そもそもガバメントクラウドという発想すら全くなかったものが、半導体戦略の一部としてガバメントクラウドを立ち上げて、少なくとも経済安全保障上重要なものや政府データはガバメントクラウドでやっていこうということになったわけです。そして、それより大事なことは、半導体戦略の中で、スマホのチップなども他律的に購入するだけだったのが、それこそ自分たちで2ナノを目指して英知を結集し、アメリカと連携して技術提供しようという話にまでなっています。この流れは、コロナや地政学上必要に迫られてやっている部分もありますが、今後も継続していくと思います。
 その先には、データ取扱量は飛躍的に伸び、計算能力も高まれば消費電力も高まるということが起きるわけで、これまでにないような新技術が現場でも実装されていきます。今後、さまざまなコンピューティングパワーに支えられた新しい産業が生まれるときに、その担い手がいることが重要になります。
 だからこそ、全国民が少なくともデジタルリテラシーを身に付けた上で、新しいサービスを使いこなすことが市民レベルでも常識化し、更にはデジタル社会をオペレートするような人材を育てていく必要があります。ですから、少なくとも皆さんのようなIT業界が率先して新分野に継続的にチャレンジしていかないと、これから作っていこうとしているコンピューティングパワーが生かせません。将来を見ながら人材をどう育てていくかというのは、官民両方の課題だと思います。

中小企業への支援

(太田) われわれJASPAは中小企業の団体ですから、自社の経営規模から考えるとどこまで投資できるのかというときに、将来に向けてこんなところを目指しているというロードマップが分かったり、ルールや法制度の緩和だったりすれば、それを踏まえて、どこにどういうチャンスやリスクがあるかを見ながらやっていかなくてはいけないと思います。
 その中で、副業や兼業をもう少しやりやすいルールにすると良いと思うのです。われわれIT業界の人材が他の業界で働きやすくし、他の業界のことも見やすくできれば、DXのアーキテクト人材やリスキリングにもつながるのではないかと思います。

(林) 教育に関する補助金にしても、受講料の一部を補助するのではなく人件費を補助する形にしてほしいのです。
(内田) 厚生労働省と連携して、教育補助の部分は相当密接にできるようになりました。端的に人への給付や企業への補助金は、デジタルのリスキリングに連動して使えるようになっています。ただ、大事なのはビジネスを回しながらスキルアップしていくことでしょうから、単に教育補助だけでなくビジネスの継続という観点から補助を付けてほしいというニーズは強いのだと思います。
(林) 昔、国鉄からJRになるときに大金を使って国鉄職員の方々にリスキリングしましたよね。それも国が全部費用を出していたわけです。給料や教育費用ぐらいのことは補助してもいいのではないですか。われわれ業界だけでなく民間企業でもITやDXなどを教育する学校を作って、費用も給料も全て補助したらいいと思うのです。
(和泉) 古い人、変わろうとしない人のための支援が必要なのか、変革をリードする人のための支援が必要なのか、どちらに対する支援が必要なのでしょうか。
(安延) どちらでもないと思います。簡単にたとえ話をすると、わが組合で人材育成の特別クラスを組んで20人募集します。そして、業界の未来ビジョンを経済産業省から来てもらって2日間話してもらうとします。受講料が1日5000円だとすると2日間で1万円で、厚生労働省が半額補助するとして5000円×20人×2日=20万円の補助が出ます。だけど、その補助が出ても1人5000円は必要な訳じゃないですか。加えて、人を出している企業からすると、その人たちが2日間職場から外れるわけです。中小企業からすれば、「教育効果が最大の人材を出す」のではなく、「2日間出してもいいやつを出しておけ」となるのが普通ですよね。つまり、せっかく補助しているのに、おそらく狙った効果は上がらない。
 だからといって現在の厚生労働省の仕組みからすれば丸ごとそういうお金は出せないということなのでしょうそ

れなら、デジタル化、リスキリングをそんなに強調するなら、デジタル人材育成の場をJRのときのように5年でも10年でも期間限定で作って、「今だけですよ」と言ってやってくれればと、われわれも必死になって人を出して教育してもらう気になるかもしれないし、同じ金額でも政策効果は上がるのではないですか?
(和泉) その構造は取引慣習とも関係していませんか。例えば、ユーザー企業はシステムを止めたくないけど、より安いシステムに乗り換えたいし、さらに先進的なシステムに変わっているとうれしいし、しかもノーリスクで、という都合の良い考えと似ているような気がします。IT投資とは考えず、毎年の経費の中でできればいいと。以前、ユーザー企業がもっとIT投資をすべきではないか、ITはコストではなく成長の道具ではないか、という会話をしていたときに同じような議論をしていた記憶があります。

(林)そこはわれわれ業界も一般企業も一緒で、大企業で付加価値が高い、あるいは余裕があるところは投資と思って実行できますが、中小の場合余裕はないし、付加価値が明確でなければ投資はできないので、それは国の役割として底上げしていくことになるのかもしれません。
(内田) どこが適正ラインかというのはなかなか難しい議論なのですが、和泉室長の言うとおり、人に投資することは別にコストではなくて、むしろ業務の高度化や新事業分野に進出するために必要な経費であり、むしろプラスの経費だという考え方もあります。だから、その適正ラインは個社によって異なり、実際大企業と中小企業では人的リソースやキャパシティが当然異なるので、この人が抜けたら業務が回らないという現実があることも理解します。
(林) それから、手続きですよね。面倒な手続きがたくさんあって、補助金申請は社労士に頼まなければならないし、不正が行われる可能性もあります。

(内田) 補助金もそうですし、教育訓練給付もリスキリングを振興する立場で一緒にやっているのですが、いざ使うとなるとハローワークに行かなければならなくて面倒な手続きがあるのは事実です。
(安延) つまり、「リスキリング」、「新しい技術の世界に合わせた人材」と言いつつ、その政策を提供する仕組みは、旧態依然の昔の仕組みということです。他方でアジャイルガバナンスということもおっしゃっているわけですが、はっきりいって全くアジャイルではありません。象徴的に、これは良かった、便利になった、有効だったというものが10個あれば、同じやり方で・・となって、あとは政府の仕組みとして転がっていくではないですか。それを最初から全体でやろうとするから、カバレッジばかり拡がって、成果的には、全部が中途半端になってしまっているように思えます。だから、先ほどデジタル人材を230万人育成するとおっしゃっていましたが、難しいのではないかと思った理由の一つは課長が「ITSSは残して」とおっしゃっていた点です。本当にITSSを残してもいいと思っておられますか。(内田) 今はまだITエンジニアが必要とされる場面がたくさんあります。
(安延) 昔、情報処理技術者という制度があって、今のITSSに移行するときも、新しいスキルのスタンダードを導入していかないといけないという思いは同じだったわけです。しかし、古いスキルのままではいけないから、スキルのバージョンアップをするために更新制を取り入れようとしたときに、誰が一番反対したかというと、古い資格を持っている方々だったのです。ですから、こうした政策の更新には本当にご苦労されるのは理解できますが、その代わりに、古い仕組みを残しておくと、どうしても古いスキルが刷新されないまま幅を利かせるという状況も発生しやすいのではないかと心配されます
(内田) DXが加速するにしたがって新しいスキルセットに移行していきますが、移行している間に新技術が出てくることによって更に新しいスキルも変更を求められてくると思うのです。新しいスキル標準に関しては、ユーザーのフィードバックも得ながら定期的に見直したいと考えています。ですから、リジッドに作り込まないで、むしろアジャイルに回していけるように、内容も詳細基準まで書き込まないで、ロールや任務を定めて、それに必要なスキルセットはこういうものだという星取表を逐次見直すことを考えています。
(和泉) 例えば江戸から明治に変わるときに、街道を往来する人の体力なのか、駕籠を担ぐためのノウハウやメンテナンスのためのスキルなのか、駕籠屋や飛脚がビジネスを刷新するとしても、いろいろな課題や変革があるわけです。その上で、駕籠屋が自動車産業に変わるような形の支援なのか、飛脚が自動車を運転するスキルとしてリスキリングするのか、いろいろな層で変化があるわけです。ただし、ここで大事なことは、東海道や中山道の往来を議論するのではなく、道路交通網や鉄道網などの社会インフラが刷新されるイメージを共有することです。私が再三申し上げているのは、中小企業といってもどのパーツのことを言っているか分からなくなるので、どこの担い手のどういう変革を目指すべきかが大事と申し上げているのです。
(安延) それは、中でちゃんとカテゴライズしておられるのではないのですか?
(和泉) ということで、まずはその全体像が重要ということです。
(内田) 新しいスキル標準では、全体像に加えて、どういうスキルセットが必要かというところまでは書き込みます。例えば、ソフトウエアエンジニアであっても少なくともデータサイエンスの基礎は理解しておくべきだというレベルのことは書き込みます。
(林) 建設業界の構造も似ていて、デザインする人、設計する人、施工する人に分かれるので。
(安延) 建設業界とわれわれが最も違うのは、建設業界は構造変化が起きていませんから、戦後ずっと同じスキルセットが通用する部分が相当あります。しかし、残念ながらわれわれの業界ではそうではありません。だから、イノベーションが起きているか起きていないかという違いがあって、イノベーションが起きていない分野は無理をして変える必要はないと思います。
(和泉) 今の議論は非常に分かりやすいですね。(技術に詳しくない人は)建設業にイノベーションが起きていないと思うかもしれませんが、例えば、ゼネコンとしては(業界構造は同じかもしれませんが)同じようなビルを建設するとしても工法や構造には大きな変化があるわけです。他方、小さな建築物なら変わっていないものもあるかもしれません。そういう中で、何のためのリスキリングが重要かという議論は注視しないといけないでしょう。

マイナンバーカードについて

(林) マイナンバーカードの普及率はかなり上がりましたが、ちゃんと機能するのでしょうか。
(和泉) 個人に対してIDは以前から割り振られていますし、個人がサービスの対象から漏れないようにIDが活用されています。逆に、IDを活用せずに個人へサービスを提供する方法は世の中にありません。ただ、今の議論は「カード」という物理的媒体が象徴のように扱われています。しかし、あくまでもカードは鍵であって、顔認証をはじめとする指紋や虹彩などのバイオメトリックスを含んだ鍵にすれば、カードをなくそうが何をしようが個人番号とそれにひもづいた情報は正しく守られます。
(安延) IDの集約は技術的には当然できるわけですが、今いわれているのはいろいろなカードの集約であって、カードを一緒にする部分は今後どうなっていくのでしょうか。
(林) それから、日本の印鑑制度はどうなるのかという問題もあります。
(内田) マイナンバーカードはデジタル庁だけでなく、各省庁の手続きをオンライン化する前提で普及が進んでおり、その中核がマイナンバーということになっています。例えば、行政手続きで戸籍謄本・抄本が必要なときに本籍地まで行かないといけないわけですが、それが不要になるようなシステム開発と制度改正はここ数年で進めます。
(安延) そうした全てのプラットフォームにおいて、このIDは信用できるのだというものがみんなに普及すればいいのだと思うのですが。
(林) 日本はいろいろ決めるのに時間がかかりますよね。

(和泉) 結局大きな理想を目指しても、その理想をどのように実現すると良いのかを具体化するまでに莫大な時間を要することを考えると、変革を達成するためには、目の前の課題を地道につぶすことが近道です。
ただし、目の前の課題への対応策が試行錯誤にならないように、こういうインフラを作って、こういう方向に行くのだという議論を、業界の人たちともっと共有しないと、私たちはその方向を本当に目指して良いだろうかという合意形成ができないわけです。
言い換えると、政策としてのボタンには、押せるボタンと押せないボタンがあるのですが、押せるところは少しずつでも確実に押していって、目指すべき方向に向かっていきたいと考えています。
(内田) まさにマイナンバーの将来可能性については、デジタル庁はもう少しオープンに考えていると思いますが、結局それを受け入れるかどうかを判断するのは国民なので、端的にデジタルのリテラシーがあるかどうかだと思います。

(安延) そうですね。ただ、メディアが煽ることもあって、そこは個人的には悲観的ですが。
(内田) 結局、リスクとベネフィットをもう少しバランスよく考えるようなマインド、デジタルによってもたらされる恩恵を正しく理解し、社会もそういうふうに変わっているし、自分たちもそれを受け入れなければならないというリテラシーを身に付けるという意味でも、今のリスキリングや学び直しは非常に大事な意味を持つと思います。
 もちろん社員の確保や教育も大事でしょうけれども、その周辺にいるユーザー企業や顧客、もっと言えばその先の個人のユーザーまで、リテラシーを身に付けられるかどうかがデジタルマーケットが盛り上がるカギだと思いますし、マイナンバーのようなものを通じて日本が世界にキャッチアップしていくのだと思います。皆さんと一緒に取り組んでいくデジタル人材育成の話は、そうしたより広い意味も持っていると思います。


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