幹事組合インタビュー

「イトナブ」とは、どういう組織ですか。

イトナブとは「IT」×「遊ぶ」×「学ぶ」×「営む」×「イノベーション」の造語です。 石巻の次世代を担う若者を対象にソフトウェア開発やグラフィックデザインを学ぶ拠点と機会を提供し、石巻から世界に挑戦できる環境づくりをしています。

「イトナブ」のはじまりについて教えてください。

石巻は都市部に比べて仕事や学びの場が少なく、将来の選択肢が少ない街でした。その結果、若者が地元に残りたくても地元を離れざるをえない状況でした。その後、2011年3月11日。東日本大震災が起こり、多くの犠牲と被害がありました。多くの人からの支援があって、石巻は可能性あふれる新たな街へと進化し始めています。石巻の若者もこの進化と共に成長していけるように。石巻から世界へ挑戦できるように。2012年1月からイトナブは活動を開始しました。

「イトナブ」のこれまでについて教えてください。

イトナブはITという切り口で小学生から大学生を対象に、新しい世界に触れるきっかけを作ってきました。

会社の概要について教えて下さい。

当社は1970年(昭和45年)3月に設立し、2020年東京オリンピックの年に創立50周年を迎えます。
当社は4つの事業を柱に(クラウド事業、ERP事業、SI事業、システム運用事業)展開しております。
主に、ERP事業では、1999年にPeopleSoft(HCM)を社内に導入し、そこで習得したノウハウを活かし、ビジネスとして、人事、給与、会計のシステム導入~開発~運用・保守に数多く携わってきました。
クラウド事業では、2002年から時代を先取りして、Salesforceを活用した運用サービスを提供してまいりました。

JASPAに所属されて良かったと思われる事はどんなところですか?

情報産業業界において 中小零細企業の意見を国の政策機関等にしっかりと進言し、政策決定に大きく影響を及ぼす事が出来るのが、何よりの喜びであります。
国の政策決定に、大きく影響を与える事が我々業界の発展であり、企業の発展に繋がるものです。
これが何よりJASPAに参加させて頂いている事の重要性だと思います。

『期待したい事は』

会社を設立されたきっかけや現在に至るまでの苦労された点をお教え下さい。

 設立のきっかけは、テレビ放映された、障害児にオーダーメイドの自転車を作っている町工場の話です。
画面いっぱいにあふれる子供たちの笑顔を見て、
当時悲観的に思っていた「技術者としての満足、喜び」がキラメキに変わった瞬間でした。
 それから間もなく、「技術力で社会に貢献できる会社を作ろう」、
「技術者が真に技術力を発揮できる環境を作ろう」と、起業しました。

設立後、すぐにリーマンショック。
2年近くマトモに仕事もせず、毎日お昼は激安そうめんを食べ、精神力を鍛えました。(笑)

貴社の特徴やサービスについてお教え頂けますか?

 ソフトウェアの受託開発・技術者派遣を主な業務とし、
組込系から、金融、公共、業務系、ソリューション提供まで多岐に渡ります。
 当社は、「チャレンジ精神」に溢れる会社です。
新商品を考えるワイガヤ会議、それを具体化するワーキンググループ体制、
実現する為の教育研修支援、切磋琢磨する気持ちを養う外部コンテストへの参加等、
全てチャレンジに通じている活動を実践しています。

会社を設立されたきっかけや現在に至るまでの苦労された点をお教え下さい。

弊社は1991年に前社長が「社員みんなが楽しく働ける会社に」との思いで設立しました。私は学校卒業後、エレベーター会社に入社し2年間、全国でエレベーターの設置をしておりました。その後、IT業界に入り当時、部長だった前社長に「起業するから一緒にやろう」と声をかけられ半年遅れで入社しました。当時25歳の私はシステム開発の経験も少ない状態で大手生保会社の開発チームに常駐し、お客様の大規模なシステムを覚え、がむしゃらに仕事していたことを思い出します。色々と大変なことや苦労もありましたが、良い経験ができ、今に役立っていると思います。会社は社員25名程になり、組織力強化を計画していた2006年1月8日の会社設立の日に前社長が亡くなられ、私が40歳の時に社長を継ぐことになりました。本当に急なことだったので、社長業も何から手をつければ良いのか、その頃はまだお客様先で技術者30名程を管理していたので、これからどうしようか。と悩みました。

貴社の特徴やサービスについてお教え頂けますか?

弊社は主にFA技術に関するシステムサービスを主体に事業を展開しております。
業務内容としましては、大きく4つの事業に分かれております。
一つ目は技術サービス代行・サポート事業として、お客様(メーカーさま)に代わり提供商品の修理解析、商品に関する電話問合せサポート、フィールドサービスを展開する事業です。
二つ目は設備・保全サービス代行事業として、生産現場及び製造現場の悩みや問題を解決するためのサービスを提案し、お客様の生産設備が最適な状態を保てるようお手伝いしております。
三つ目はシステムエンジニアリング事業として工場におけるFAシステムの構築からソフトウェア開発までの提供、業務改善の提案などトータルでお客様の生産現場をサポートしております。
四つ目は各種OA・FA機器、各種事務機器の販売・サポート事業として地元静岡県三島市を中心にOA機器の販売や建設業向けパッケージソフトの販売、建設業向け各種サービスの提供を行っております。

貴社の特徴やサービスについてお教え頂けますか?

弊社はweb事業、デザイン開発事業を2軸に業務をしております。
今回は弊社で扱うレセプション管理システム「GATE EYE」をご紹介させていただきます。
レセプション管理システム「GATE EYE」はイベントなどの受付管理をweb上で一元管理できるものです。
従来の受付システムとは一線を画すため 、アプリケーションをインストールする形をとり、ユーザーのスマートフォン自体をチケットとして使用することで(個々にコードを配布します)会場では認証筐体にかざすだけで入場ができ、リアルタイムな情報管理を可能とします。
ユーザーはチケットを買いにいく手間がなく、あわせてチケットを保管するリスクをなくします。また、アプリケーション内からイベント情報や会場位置などの情報をダイレクトに取得することができます。
運営側には管理画面を発行し、自由な情報発信・リアルタイムに受付情報を取得できるというメリットを持っています。さらに、事前にユーザーに一定の情報入力を前提とすることで膨大な情報処理の負担を大幅に軽減致します。

会社を設立されたきっかけや現在に至るまでの苦労された点をお教えください。

弊社は1996年に前代表社長がインターネット関連業務の会社として設立しました。
当時Windows95が日本を席巻し、インターネットが急速に日本に普及した時代でありました。事業の中心は米国のレンタルサーバー運用代理店とホームページやCGI制作といったものでした。
私は、学校卒業後、中堅IT企業に6年ほど在籍していましたが、バブル崩壊によりどの企業も大リストラ時代が訪れ、私の在籍していた会社も例外ではありませんでした。当時2000名ほどいた社員も600名近くリストラされていたと記憶しています。
運良くというか悪くというか私は会社に残りましたが、待っていたのは辞めていかれた方の業務引き継ぎに追われる毎日でした。仕事量、担当客先が10倍くらいに膨れ上がり、半ば腐りかけていた時期でもありました。
そんな折、かつての上司であった前代表社長より声をかけられ、1997年に現在のホットウェーブへ転職しました。その頃にはインターネットの普及も落ち着きを見せ始め、弊社もシステム開発分野への事業拡張を開始した時期でもありました。

会社を設立されたきっかけや現在に至るまでの苦労された点をお教えください。

私は、1983年にこの業界に入り、バブル崩壊後の、1996年に株式会社サンレイズを設立いたしました。九州にもやっと明るい兆しが見え始めてはいましたが、まだまだ空きテナントが目立ち、職を無くしたIT技術者達が漂っている中、エンジニアにとって働き甲斐のある会社を作りたいという思いに共感していただいた方々から背中を押される形での設立でした。設立後は、お客様や社員達に恵まれ、経営という意味では順調でしたが、企業としての特徴の無さに悩んでいました。「何でも出来ます」という会社から「これだけは誰にも負けません」という会社にしたいと思っていたところに、流通系システム、特にPOSシステムの開発を将来にわたって請負って欲しいとのお話をいただき、以来、約18年間、POSシステムを含む流通システムの開発を行っています。
さて、本年、おかげさまで設立20周年を迎えることが出来ました。振り返ると、様々な場面で叱咤激励していただいたお客様や、辛い仕事でも何とかしてくれた社員達など、本当に人に支えられ、人に恵まれた20年だったと思います。この場をお借りして、お礼申し上げます。

会社を設立されたきっかけや現在に至るまでの苦労された点をお教えください。

私がこの業界に入って、はや40年が過ぎました。当時は、小型・中型の汎用機が主流の時代で、某商事会社のシステム部門に入社し、ハードウェアの搬入から開発まで経験させていただきました。
その後、地元のソフトウェア開発会社を経て、平成4年4月に現在の会社を設立致しました。設立したきっかけは、「しなければいけない状況になってしまった」と言うのが本音です。
早いもので、もう四半世紀が経ちました。設立当時4名でスタートしたわけですが、バブル後の厳しい時期でもあり、会社の方向性も曖昧なままでした。
後に、当時主流のDOS/VからWindowsへの切り替え時期でもあり、Windowsアプリの開発を主力として手掛けるようになり、現在に至っております。


貴社の特徴やサービスについて教えていただけますか?

ソフトウェアの受託開発をメインに、状況により社員の派遣も行っております。

会社を設立されたきっかけや現在に至るまでの苦労された点をお教え下さい。

私は、“最先端の技術に触れてみたい、作ってみたい”。その想いをソフトウェアの世界に夢見てこの業界に飛び込みました。
とはいえ、入社当時の私は「入ったのはいいが、ソフトウェアって一体??」という状況で、業界に対する理解は決して深くありませんでした。
それでも自分の志を支えに、悪戦苦闘しながらも知識の習得、技術の向上に努め、もちろん先輩や顧客のご支援もあったおかげで、一人前のエンジニアに成長することができました。
技術を学ぶ。最先端技術に触れる。確かにそれは叶えることができました。
しかし、当時所属していた会社は派遣色が強かった為、個々のスキルは伸びたとしても、自社に技術が残ることはなく、組織として技術を高めていくことが難しい環境でした。
理想の会社のあるべき姿とは一体どんなものか・・・働きながら考え続けました。
そして出した答えは、“誰もが就職したくなる会社”
家族にも友達にもそこで働いていることを自慢したくなり、そして話を聞いた人も「私もその会社で働きたい!!」そう言われるような会社が、理想の姿として浮かび上がってきたのです。

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